「いつか、地元の町工場向けにクラウドソフトを作りたい」 そう展望を語ってくれたのは、西条市に拠点を構えるIT企業、株式会社シスディブリンクの代表取締役社長、高橋基(たかはし もとし)さんです。高橋さんは5年前に東京からUターンし起業。前職での知見を活かし、工場向けの「生産管理ソフト」を自社で開発しています。 最近は西条への移住者を積極的に雇用し、着実に成長を遂げているシスディブリンク。現在では「東予地区のIT企業といえばシスディブリンク」と言われるほど、確かな地位を確立しています。 取材では高橋さん、移住で西条にやってきた関本さん、スワミさんにインタビュー。「西条で働くこと」のリアルから、IT人材の確保が難しい「西条の現状」まで、赤裸々に語っていただきました。 (取材日:2020年7月28日) |
町工場に寄り添ったシステム作りで、西条を代表するITベンチャーに
西条を歩いているとよく見かけるのが、年季の入った町工場たち。長らく地元の産業を支えてきた工場が数多くありますが、いま、彼らの多くが大きな岐路に立たされています。
少子化や過疎化、東京一極集中、そしてコロナウイルス…。逆風のなか、会社の存続を賭けたミッションが、各社に課されているのです。
そんななか、「IT化」によって西条の産業を支えようとしている会社が、高橋基さんが代表取締役社長を務めるシスディブリンク。西条市を拠点に、東予地区の町工場のIT化を一歩ずつ進めているベンチャー企業です。
高橋基さん(以下、高橋さん):現在、弊社が主に開発しているのは、工場での作業を「見える化」する生産管理システム。Web上で簡単に製造計画が作成でき、現場の状況に応じて工程、日程を修正することができる「現場主導」のシステムが特徴です。
株式会社シスディブリンク 代表取締役社長 高橋基さん
高橋さん:生産管理システムは多くの企業が開発しているのですが、カスタマイズの難しさや費用が嵩むことへの懸念から、町工場への導入は進んでいない現状。西条も例外ではなく、話を聞いていくと、ITの導入に興味はあるものの、諦めてしまう会社が多いことがわかっていきました。
西条でITを浸透させるには、中小企業でも導入できる「簡単」で「低価格」なシステムを作らなければならない。30年以上東京のIT企業に勤めていた高橋さんにとって、西条のITへのリテラシーは「見込み以下」と言わざるを得ない状況でした。
高橋さん:なかには、導入が決まってからシステムが立ち上がるまで、1年以上かかってしまった会社もありました。弊社は相談、導入からアフターケアまで、クライアントと丁寧に相談しながら開発を進めていくスタイル。時間はかかりますが、おかげさまで満足度は非常に高いですね。多くの企業で、効率化を実感していただいています。
顧客の事情を丁寧に聞き込み、現場に最適化されたシステムを開発するシスディブリンクの評判は広がっていき、数珠つなぎの口コミで新しい仕事が舞い込むように。現在では機械部品メーカーから豆の専門会社まで、多岐に渡る領域から、受注が舞い込んでいるそう。
高橋さん:目立った競合がいないことも要因の1つですが、東予地区を中心に「IT導入といえばシスディブリンク」と言ってもらえるような存在になりつつあります。また、入居している西条産業情報支援センター(SICS)の支援もあり、さまざまな領域の会社を紹介してもらえることも、非常にありがたかったですね。
移住者を積極的に雇用。一方で、IT人材の教育にも躍起に
西条出身の高橋さんがシスディブリンクを創業したのは5年前。両親の介護による事情でUターンし、30年ぶりに西条で暮らしはじめました。
せっかく西条に住むのなら、起業してゼロからスタートしよう。そんなチャレンジングな意思決定の根幹には、「起業家の聖地」と呼ばれている、アメリカ・シリコンバレーで働いた経験があったそう。
高橋さん:2年間駐在していたのですが、価値観が揺さぶられるいい経験になりました。社員がみな独立志向で、エンジニアを尊重しているんです。
システムエンジニアはブラックな職業だと思われがちなのですが、シリコンバレーではみな健康的に働いていている。彼らと働くうちに、私も「エンジニアが健康的に働ける環境を作りたい」と思うようになっていきました。
ITで起業するなら、場所は関係ない。Uターンで前職を離れたことをきっかけに、西条でのゼロからのスタートを選んだのです。
高橋さん:率直に言って、充実していますよ。地元に戻ってくると、中学、高校の同級生が会社の社長になっていたりもして。彼らと一緒に仕事をする楽しさもありますね。
一方で、創業から5年経ったいま、地方で働く難しさを感じる瞬間もあると言います。西条で働くなかで実感していた課題の1つが、IT人材の少なさ。高橋さん「IT企業は人材がほぼすべて」と語る一方で、IT人材の少なさに頭を悩ませていました。
そこから取り組みはじめたのは、移住者の受け入れ。移住促進に注力する西条市からの紹介もあり、最近では数名の採用に成功しました。
2020年3月に兵庫から西条へ移住してきた関本さんもそのひとりです。大阪のIT企業に勤めていたものの「人混みが苦手で、静かな場所に住みたかった」と語る関本さんは、職探しと並行して西条への移住ツアーに参加。シスディブリンクを紹介してもらい、採用が決まったことで移住を決断しました。
関本さん:シスディブリンクでは、クライアントとのコミュニケーションを通じたソフトの開発業務を担当しています。前職ではメンテナンス業務が中心だったので、自社開発のソフトに携われるのは非常に楽しいですね。
もう1人、2020年7月に西条に移住してきたのが、インド人留学生のスワミさんです。スワミさんは東京でエンジニアとして働いていたものの、コロナ禍で会社が倒産。日本で働き続けたいと思っていたところ、紹介された求人がシスディブリンクでした。
高橋さん:実は創業期、インドへの拠点開発を計画していた時期があって。いまは計画は止まってしまったのですが、これから、ソフトウェアの英語化をはじめ、海外との連携も進めていきたいと思っていました。まだまだ先の話ですが、長い目で見たときに外国人材を入れるのは、いい刺激になるのではないかと。
スワミさんは「西条にきてまだ1ヶ月しか経っていないので、まだまだ慣れない」と苦笑いしつつも、「日本で働けるのは嬉しい」と胸のうちを語ってくれました。
地元の町工場に最適化された、クラウドソフトを作りたい
創業から5年、社内外で丁寧なコミュニケーションを続け、着実に事業を成長させているシスディブリンク。高橋さんは今後の展望として「地元の町工場に最適化された、クラウドソフトを作りたい」と語ってくれました。
高橋さん:さきほど言ったように、市販のクラウドソフトは中小企業にとって高価で使い勝手が悪く、導入しづらい現状があります。これは、IT化を進めていかなければいけない現代において、弊社にとっては大きなビジネスチャンスです。
高橋さん:いつか、シスディブリンクから「簡単」で「低価格」、そして、様々な業種で使用できる「汎用性」を持ち合わせたクラウドソフトを作れれば嬉しいですね。中小企業にとって大きな課題である「業務効率の改善」に、少しでも寄与できるようなソフトウェアを開発できればと思っています。
また、高橋さんはもう1つ取り組みたいテーマとして、「IT人材の育成」を挙げます。
高橋さん:仕事をするなかで、東予地区のIT人材の少なさは課題を感じています。移住者の雇用も積極的に受け入れつつも、新卒採用など、少しずつ人材育成にも注力していきたいですね。会社として、まだまだ成長しなければならないフェーズですが…もし興味がある若者がいたら、ぜひ声をかけてほしいです。
現在、シスディブリンクの社員数は8名(取材時)。歴史も浅く規模も小さい同社ですが、「IT化」において、東予地区の産業を支える大きなポテンシャルを持っています。
これから人数が増え、規模が拡大すれば、地方の産業を盛り上げるおもしろい存在になっていくことでしょう。シスディブリンクから、西条で新たな「IT化モデル」が生まれるその日を、楽しみに待っていたいと思います。